本日、無事関西国際空港に到着し、登山隊は日本に帰国しました。
各自、関空から帰路につきました。
みなさまの応援ありがとうございました!
松村(4)
本日、無事関西国際空港に到着し、登山隊は日本に帰国しました。
各自、関空から帰路につきました。
みなさまの応援ありがとうございました!
松村(4)
ラサ市内に戻ってきました。
既報の通り,目標のBada Ri(6516m)には登頂できなかったものの,Ta Ri(6330m)に初登頂いたしました。
サミットに立ったのは日中合わせて6名。そのうち,日本からは松村(4)と井部(3)の2名がサミットに。
神戸大学・中国地質大学の学旗とともに_(左から:井部・松村・德庆_De qing_チベット人・宋红_Song hong_中国人・赵佳明_Zhao Jia Ming_中国人/撮影:多吉_Duo ji_チベット人)
井部(左)・松村(右)
合同隊メンバー(左から:井部・德庆・松村・多吉・宋红/撮影:赵佳明)
断念したBada Riをバックに(松村)
ヤクが大暴れして,BC入り出来なかった日から2日後。
10月21日にTBC(Temporary Base Camp)から再びBC入りしました。
ヤクさん… 今回はお願いします…
任せとけ!とヤク使いの青年
皆で手伝ってヤクに荷物をくくりつけます
道草を食べながら進む
まあ,そういってもヤクさんのパワフルさで,圧力鍋も破壊…。バイルで修理中。
BC入り翌日から氷河やC1建設予定地の偵察を始めました。
ヒドゥンクレバスもなく,安定して歩きやすい氷河帯です。
モレーン帯から見た氷河
徒渉用に足場をつくる
慣れた足取りで氷河を上がっていく多吉・德庆
初めての氷河に,というより,高い標高下での行動に参る井部
10月26日にはC1(約5700m)に移動。
偵察から,C2を設置するのでなく,サミットに遠いけれどもC1からサミットを目指すことに。
体調や人数の制限から,日本アタックメンバーが松村・井部,日本サポートメンバーがOBの坂本さん・ドクターの向山さんということになりました。
中国隊もアタックメンバーが中国人2名,チベット人2名,サポートメンバーが中国人2名と,総勢10名のC1入りです。
C1入りを前に,衛星電話でお電話
向山さんが高山病でなかなかペースが上がらず,少し遅れてのC1入りとなった坂本・向山ペアを迎える多吉
C1に事前にデポしておいた中国隊の食料は鳥(?)によって荒らされる事態に… 余裕があったので,影響は少なかったみたいです。
C1ではアルファ米。アルファ食品株式会社さんにご提供いただきました。
C1の高度約5700mでは沸騰してもこの程度の温度
いよいよアタック日の10月27日。
この日は4時出発。朝8時頃に夜が明けるチベットでは,かなり早い時間。ただ,起きた時はマイナス5度程度と,いつもとくらべれば大分温かい。これが後々予想を覆す展開になるとはつゆ知らず…
アタック前の静けさ。満月に近い明るい月が地面を照らす(AM3:30頃)
予定通り4時に,アタック隊は,寒さをあまり感じること無く,標高差800mのサミットを目指し始めました。
しかし,時間が経つにつれ,段々と寒くなっていく…
あれ…
そう。放射冷却で,行動を開始してからも気温は下がる一方。C1の記録で,マイナス10度を下回るほどに。これに風も吹いていたので,体感温度はマイナス20度ほどか…
暗闇の中,休憩するアタック隊一行。
クレバスを飛び越え,ガチガチに凍った氷壁にFIXを張っている間に夜が開けだしました。
夜明け
氷化した斜面を登るアタック隊
そして,ついに9:02LT,6330mの未踏峰に初登頂!
後に,このピークを我々はTa Ri峰と名づけました。
Taはチベット語で”虎”の意味です。これは,このTa Ri峰が位置するニェンチンタンラ山脈が動物の名前で呼ばれる山が多いことにならったものです。
サミットに立ったのは日中合わせて6名。そのうち,日本からは松村(4)と井部(3)の2名がサミットに。
今回の目標であるBada Ri(6516m)は,Ta Riから200mほど上がったところ。
見るからに雪が少なく,岩が浮いていたため,アタックするのは神戸大学・井部とチベット人2名の3名に。
Bada Riを望む多吉
Bada Ri主峰を目指して南西稜からのアタックを試みましたが,左右の切れ落ちた稜線上に乱雑かつ不安定に積み重なった無数の岩に囲まれる危険な状況に阻まれ,結局Bada Riの登頂は断念することに。
今回の遠征のゴールはTa Riの初登頂ということになりました。
目標のBada Ri初登頂には及びませんでしたが,Ta Ri初登頂という記録を残すことが出来ました。様々な方・企業様に支えていただいたお陰です。この場を借りて,御礼申し上げます。
【井部のコメント】
氷化した雪壁を登り切り、TaRi峰の頂上へ至るとBadaRi本峰が圧倒的な存在感を持って聳えていた。
強風の中タルチョを張り、学旗を持って写真を撮ると次第に登頂の実感が湧いた。TaRi峰からBadaRi本峰への最終アタック隊の一員として南西稜へ取り付いた。東側に張り出した雪庇を避け、日の当たらない西寄りを下降する。雪稜が終わり、岩稜へと環境が激変する。TaRi峰直下から見た稜線は安定したものに見えたが、実際目にすると崩壊が進んでいた。巨大な浮石で構成された左右の切れ落ちた細い尾根に足がすくんだ。この高所で不安定な岩稜クライミングが出てくるとは想像していなかった。ろくに確保もできず、アイゼンの前爪で浮石の僅かな凹凸を掴み移動する。途中でピッケルが邪魔になりラッキング。時折ある雪に足を置くと穴が開き急斜面が覗ける。雪は岩の隙間を塞ぐように軽く乗っているだけであった。
不安定な岩を危険と判断し撤退を決めた時、言いようのない無力感を感じた。
「他の人ならばもっと上手くやれたのではないか」というような後悔と、チベットまで来て大して成果を上げられなかった自分に対する情けなさを感じながら引き返した。
Ta Ri峰頂上へ戻り振り返る。北東に伸びる尾根がBada Ri本峰へと続く。届かぬ山頂に想いを馳せながら、未踏峰への登頂が叶った事に安堵した。
さて,昨日10月29日は,ラサ市内で中国体育局の招待で,神戸大学・中国地質大学合同の食事会がありました。
ここで,我々が,今年のチベット内での登山を許可された唯一の登山隊であることが知らされました!
登頂証明書を受け取る井部
登頂証明書を受け取る松村
合同隊全員集合
日本への帰国は11月5日に決定しました。
あと数日ラサを堪能し,武漢・北京を経由して帰国する予定です。
松村(4)
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ご寄付のお願い
未踏峰初登頂・学生レベルでの日中友好をはかる遠征に際して,皆様方からのご寄付をお待ちしております。
振込用紙にお手数ですがお名前・ご住所等ご記入の上,お振り込みください。
ゆうちょ銀行
口座記号番号 00910-2-165369
加入者名 神戸大学学術登山隊実行委員会
銀行振込の場合,下記口座までお振り込み下さい。
ゆうちょ銀行(金融機関コード:9900)
店名:099店
口座番号:0165369
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日中合同登山隊はTa Ri(タリ)峰(6330m)の初登頂に成功しましが、Bada Ri主峰登頂は断念することになりました。
10月27日の4時18分に日本人2名(松村、井部)、中国人2名、チベット人2名の計6人がC1を出発し、Bada Ri主峰(6516m)の頂上アタックに向かいました。
困難なルートを越え、9時2分に6330m峰に登頂成功。(Ta Ri峰と名付ける。Taは虎の意味。ニェンチェンタンラ山脈には動物の名前で呼ばれる山が多いことにならったものです。)Bada Ri山群の未踏峰の一つに見事初登頂することができました。
さらに、Bada Ri主峰を目指して南西稜に取り付きましたが、稜線は崩壊型の岩稜で、極めて危険なため残念ながらそれ以上の前進を断念しました。
以下、この日の隊員の記録です。
10月27日
アタック
C1約5700mを日中隊員6名(日本隊松村、井部)が04:18出発。非常に寒い。足先の感覚が次第に無くなっていく。
予定よりも速く行動できたため、日の出までしばらくゆっくり行動する。時折、深いクレバスを飛び越える。2箇所のFIX通過(30m、100m)を交えガチガチの急峻な氷壁を登り切り09:02TaRi峰登頂(6330m)。
引き続き日中隊員3名(武漢隊多吉、徳慶、日本隊井部)が目標のBadaRi本峰南西稜に取り付く。左右の切れ落ちた稜線上に乱雑かつ不安定に積み重なった無数の岩により極めて危険な状態であることが判明し、それ以上の前進を断念、BCとの協議の末登頂断念となった。
12:46 C1着。C1を撤収しBCへ向かう。BC帰幕19:12。
この日のアタックを受けて、BCで日中協議の結果、Bada Ri主峰のアタックを断念しました。
写真はTa Ri峰の登頂写真です。(神戸大学の旗を掲げているのは松村隊員と井部隊員)
登山隊は既に下山を完了しており、納木錯(ナムツォ)を経由してラサに戻ります。
以上、ご報告します。
27日、松村、井部両隊員が、中国隊4名と共にC1からBada Ri I 峰の頂上アタックに向かいましたが、ルートの南西稜はボロボロの岩で危険と判断し、6,350m地点で登頂を断念しました。Bada Ri主峰には登頂できませんでしたが、南西稜のピーク(6350m峰)に登頂しました。
隊員は今回のアタックでかなり疲弊し、ベースキャンプでは他のルートも困難である為、頂上アタックを終了する判断もあるようです。28日時点で一旦BCに戻ってくるため、若手隊員とベースキャンプに待機しているOBが合流した後に下される最終判断を待ちたい所です。
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zPKe_TfEy5OE.k6BBLelGXK00
文章:山本(4)
20日に一度、荷揚げトラブルで羊八井に戻り、21日に再入山した登山隊。
衛星電話から情報が送信されていますので、今の状況をお知らせします。
21日より山域に戻りましたが、またしてもヤクがトラブルを起こしました。ヤクが斜面を登れなかったようで、ベースキャンプを予定より下に建設することになりました。ベースキャンプ建設後、C1建設に数日費やしたのことです。
次はC2建設が控えているな、と、衛星電話からの情報を待っていたのですが、氷河の状態や中国隊隊員による偵察等の情報をまとめた結果、C2を作らずにC1からアタックすることになりました。
アタック予定日は10月27日。攻略に時間がかかるのか、それとも一撃で登ってしまうのか。
注目です。
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zPKe_TfEy5OE.k6BBLelGXK00
文章:山本(4)
羊八井(ヤンパーチン)から更新しています。
登山隊は、16日にTBC(Temporary Base Camp)入りし、高所順応トレーニングや偵察を重ねていました。
Natsu村の人に囲まれる
TBC – Temporary Base Camp -入りは雪の中
TBC
BC予定地から見たBada Ri山群
朝は気持ちいい!
Bada Ri山群(5,520m偵察地から)
無事、中国地質大学(武漢)隊も合流し、本日19日にBC入りの予定でした。
Natsu村の人はいい人ばっかり
中国隊とも入念な打ち合わせ
アクションカムに興味津々
しかし….
人間はBCに向けて出発したものの、荷物を運んでくれるヤクさんがTBCで大暴れ。
荷物が破損・散乱して、一大事に。
結局、一旦羊八井でレストして再びBC入りすることに。
一筋縄に行かないのもまた醍醐味なのか…
松村(4)
今日,ラサを離れ,いよいよBada Ri峰に向けて出発します。
行動中は留守本部を通じて,ブログ・Googlemaps上の位置情報等の更新をする予定です。
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zPKe_TfEy5OE.k6BBLelGXK00&usp=sharing
買い出しも大変でした
合同隊となると荷物もいろいろ嵩張ります
(私道にて)
松村(4)
ラサに到着してから5日。
風邪が若手の間で一時蔓延していましたが,いまは小康状態。
ラサに到着してからは,まず買い出し。食料や行動食,装備を揃えます。ネパールと違って,登山客で賑わう街ではないため,一般の生活用品をいかに登山に転用するかがカギです。
パッキングも佳境
滞在先のホテルのすぐ裏が大昭寺(ジョカン)。周りを囲うバルコルは多くの巡礼者で賑わう。
ポタラ宮
マニ車
医師 向山さんも無事到着。ドクターがいることが心の支え。
本隊+調査隊の面々
ラサ入りした翌日の高所順応トレーニングはこたえたらしい-向山さん
もちろんヤク&牛が放牧されている
中腹には寺院が
多くの巡礼者が山路を歩く
多くのチベット仏教に関わるペインティングが溢れる
いつ落ちるんだ!?
がっつく坂本さん
写真・文 松村(4)
BadaRi 峰がある Nyainqentanglha は, チベットの北に横たわる広大な山脈である。山脈の裏側(北側)にはナム湖という世界で一番高い場所にある塩湖があり, 観光でも人気。
チベットより国道109を約90km北西行くと, 今回の登山の前進基地である羊八井に到着する。羊八井から山の谷間まで車で行き, BCを設営する氷河湖まではヤクやポーターの協力で荷を運ぶことになる。
BCより上は, クレバスやセラック帯が予想され岩の露出も考えられる。高所順応のためキャンプを3つ設置しながら登ることになるが, 各ポイントは Googe Map を参考にされたい。
山岳会,山岳部のHPも御覧ください。
神戸大学山岳会:http://acku.net/
神戸大学山岳部:http://home.kobe-u.com/acku/
全体的な紹介は,次にも掲載されています。
http://home.kobe-u.com/acku/ensei.html
http://acku.net/2015-Nyainqentanglha/NT_West-2015.html
山本(4)